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佐伯昭物語 1 Thu, 13 Mar 2008 11:18:45 +0900
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弟昭に関する秘話で私以外に知る者が居なくなった・・・今のうちに伝えておかねば
・・・責務のようなものを感じて遺族に話をしたら大変好評だった。
供養にもなるだろうと思い三木の皆さんにもお知らせする。
私たちは愛媛県周桑郡、徳田村、田滝という山村で生まれた。・・・今は西条市に 編入されている・・・
その時昭は一歳か二歳で6人兄姉の末弟だった。
昔の百姓は昼は懸命に田畑を耕し、夜はテレビ、ラジオの無い時代だ、
せっせと別の畑に種を蒔く。かくして我が家もまだ二人増える。
その日叔父叔母がやってきた。 叔父は父の弟、叔母は母の妹という家族同様の関係だった。 子供ができない二人が無心にきたのだ。
母が生前私の姉に語ったというその時のやりとりを再現してみると・・・・
叔母 「昭をくれ」 母「昭はだめ!尭ならやる」 叔母「尭ならいらん是非昭をくれ」 かくして昭は貰われていった。
何十年も経って母の没後、姉から聞かされた時の姉と私 「当然やなー怒り虫とにこにこの違い、それに顔のできの違い、誰でもそうするわ」
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佐伯昭物語 2 Mon, 17 Mar 2008 16:29:25 +0900
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昭が居なくなって出来た心の空洞も急速に埋まっていく。
私が幼かったからか、大家族に囲まれていたせいか、直ぐに妹が生まれたからか、・・・
近くに竹馬の友が二人居たなー。 野に山に自然を相手によく遊んだなーあけび、野いちご、ぐみ、何でもあったなー
窓を開けると西日本最高峰の石鎚山の頂が眼の前に・・・ 故郷を語る時、どうしても熱くなる。 どうか冷やしながら読んで下さい。
集落の奥地の谷から引いた水路が一本家々を縫って下流へ走る。 各家の軒先へ入った水路はそこで広く深く作られ淀みとなる。
米を研いだり野菜や食器を洗ったり、西瓜を冷やしたり・・・ 飲み水は各家の活動の止まる夜分にかめに貯めるのだ。
わが屋敷は母屋の他に別棟が三つありその一つに風呂場があった。 家族全員の入浴が終わった頃近所の村人が順番に訪れる。
薪を数本とバケツを手に、薪は風呂の燃料、バケツは水運びの為だ。 風呂と水場は少し離れて、家族の多い家は往復に大変だった。
入浴後庭に用意した縁台に座って世間話をする。 我々がきどもは庭で遊ぶ。・・・石鎚山の頂を見ながら・・・
懐かしい思い出も昭の頭からは完全に消滅してしまった。 彼との再会は小2の頃だったか・・・
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佐伯昭物語 3 Fri, 21 Mar 2008 09:52:31 +0900
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昭が居なくなって数年後私が小一の時父に連れられ生まれ故郷を離れた。
何故広い山地、田畑を処分し母の親戚の居る三木へ移住しなければならなかったのか。 真実を知る者はこの世には誰も居ない。
生前母が口癖のように言っていた 「父は無類のお人好し、相手かまわず相談にのるわ、保証人になるわ・・・」 うなづける出来事が三木でも何回かあった。
他人に良くても、家族には悪しき親父だった。
さてその日は二回泣いた。 祖父母が健在だったので屋敷はそのまま残し、寂しかろうと言う事で、末妹・・・二歳だったか・・・を置いて行くことになった。
玄関口で祖父母に挟まれ涙ぐんでいる妹よ哀れ、
麓の街道までくだりの一本道を降りていく。 右手に小学校が見えてきた。
驚いたことに全職員、全生徒が校庭で見送ってくれたのだ。
ただ、分校だから、校舎は平屋一棟、職員は校長、兼高学年担任の男先生一人と、用務員兼低学年担任の女先生の二人、生徒は全部で四五十人だったか・・・
「尭 さよなら」 「佐伯 さよなら」 手を振りながら口々に叫ぶ。 溢れ出る涙で全てがかすむ・・・
昭物語がつい「尭物語」になってしまった。 次回からは軌道修正して・・・
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佐伯昭物語 4 Mon, 24 Mar 2008 20:44:06 +0900
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我々一家が三木に移住したころ昭一家はすでに大阪に住んでいた。 小学校の頃よく行き来した。
私は三つ年下の弟と会いに行くつもりだったが昭にとってわたしは単なるいとこに すぎなかった。
彼の脳裏からは故郷の思い出は完全に消え去っていたのだ。 私を「たかっさん」と言い、父を叔父さんと呼ぶ。
言いようの無いもどかしさを感じながら子供心にも「言ってはなぬ。 喋ってはならぬ・・・」葛藤が続いた。
叔母は最も私を危険視していた。 私にたえずへばりついていた。・・・ 「心配すんなよ口がさけてもしゃべんねーよ」
それにしても、溺愛じゃねーか、女の子なら「蝶よ花よ・・・」か
明るく健全に育っていった昭はある日抜群の運動神経を披露した。
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佐伯昭物語 5 Thu, 27 Mar 2008 09:00:33 +0900
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昭が小学校何年の頃だったか、三木に遊びに来た時連れ立って小学校へ鉄棒をしにいった。
いきなり鮮やかな蹴上がりをしたのにびっくり。
更に鉄棒の上に逆立ちの姿勢をとるや、大回転を始めたのに仰天、ぐるぐる回る姿を見て、これが小学生か、一緒に来ていた父と唖然としたものだった。
「尭、やってみ」 父が言う。・・・判っていながら・・・ 「出来るはずないやん!」 「ほなけ上がりやってみ」・・・
一面自慢で反面情けない思いをしたある日でした。
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佐伯昭物語 6 Mon, 31 Mar 2008 09:48:19 +0900
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大阪空襲で家を失った昭一家は故郷近くの丹原町へ移住した。
西条高校を卒業、香川大学に合格し戸籍謄本を大学へ提出したときのことだった。
昭の目に飛び込んできた養子の二文字!!実父母のはずが叔父叔母だった。
実父母は三木のうどん屋の叔父叔母だった!「たかっさん」は実の兄だった・・・
その時受けた衝撃は想像を超えるものだったという。
やがて心情をめんめんと綴った手紙が我が家に届く。
なかでも、「多くの兄弟のなかで何故自分だけが・・・」の一行がまだ記憶に残る。
昭の変化を心配した叔母が急遽三木へやってきた。 「たかっさん、何とかして」
「たかしならいやや」と言ったあの叔母の憔悴しきった姿に、「よーし何とかせねば」・・・
気はあせっても難しい問題だった。
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佐伯昭物語 7 Wed, 2 Apr 2008 10:54:34 +0900
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わが身の上を知ってシヨックを受けた昭を救ったのは空手との出会いだった。
剛柔流空手八段木村庫乃助の指導を受け、これに打ち込んだ。 そして大学三年ではやくも剛柔流の三段をとる。
三年の夏季休暇中に三木の我が家を訪れた。 久しぶりの彼はすっかり昔の昭に戻っていた。 温厚で、明るくて・・・ あーよかった。
三木在住の甥どものたっての願いに空手の一部を披露することになった。
先ずは庭に屋根瓦を十枚積み、手を切らぬようにハンカチを置き、真上から拳を垂直に振り下ろす。
裂ぱくの気合とともに砕け散った瓦を見て皆驚嘆するばかり。
次は甥たちを自分の周りに立たせ両手に持った板を足と手で瞬時に割っていく。 これが剛柔流三段の腕前か!!
あっけにとられる皆の中で常ににこにこ温和な昭であった。
あーよかった。
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佐伯昭物語 8 Fri, 4 Apr 2008 11:52:59 +0900
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夏休みに三木へ来ていた昭と末弟、桂を連れて高砂の海水浴場へ行った。 最初で最後の兄弟三人の揃い踏みだった。
帰り加古川駅で二列に並んで三木行きの列車を待っていると、若者が二人一番前に割り込んできた。
なんと理不尽な!!黙っちゃおれぬ、まして今日は強力な助っ人が居る. 「おい、こら、皆並んどるんじゃ、後ろに回らんかい」
大声で注意したが知らん顔で乗り込む。 ドアの両側に立って、乗ってくる人をチエックし始めた。 「昭たのむで」
「喧嘩は絶対禁止になってるんや」 すわ一大事我々の番になった。 アンチャン 「今言ったのはお前か」 私「違うで」
今思う、あの時肯定しなくてよかった。
若しそうなっていたら昭もまきこまれる、若者二人は一撃のもと倒されるそして昭は剛柔流空手から破門になっていたに違いない。
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佐伯昭物語 最終回 Mon, 7 Apr 2008 13:44:39 +0900
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大学を卒業した彼は酒造会社の東京支店に勤務、後年は支店長の仕事の傍ら、 空手の指導に当っていた。
一方四国から養父母を中野区の新築家屋に呼び寄せ生涯親孝行を尽くした。
晩年には剛柔流八段を頂き、本年三月肺炎で逝く。 享年七十六歳。
私の手元に大切にしている一冊の単行本がある。
「空手道入門 剛柔流八段木村庫乃助 著」 である。 木村八段と佐伯七段の組み手の数々がカラー写真で巻頭を飾っている。
近頃あの世から兄弟三人の私を呼ぶ声を耳にする。
「もうちよっと待ってくれ、あと二年・・・いやあと八年、・・・遣り残したことがある・・・」 なむあみだぶつ。
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昭の組み手写真 Mon, 9 Jun 2008 10:43:38 +0900
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「空手入門 木村庫之助著」の中から「組み手写真」をメールで一枚送って頂きました。 左側が剛柔流空手木村八段、右側が佐伯八段。
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おわりに 先生からもらったEメールより連載しています 新しい展開がありました。 つづきは「昭物語の後日談」に・・・
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 佐伯尭(たかし) 先生
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 石鎚山・天狗岳
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